トンプソンルークの嫁(妻)や家族は?泣ける大阪弁の名言に感動!

ラグビーの日本代表で代表最年長出場記録を2019年7月27日に更新したトンプソンルーク選手。

一度は引退表明をしていたトンプソンルーク選手ですが、選手として復活するにあたり、支えてきた嫁(妻)や家族はどんな人なのでしょう?

また、トンプソンルーク選手は大阪弁で話しますが泣ける名言があるようです。

今回はトンプソンルーク選手の嫁や家族、泣ける大阪弁の名言についてもご紹介します!

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トンプソンルークの嫁(妻)はどんな人?

 

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トンプソンルーク選手の嫁(妻)は、高校の同級生で15歳の頃から友人だったネリッサさんという方です。

トンプソンルーク選手は、2019年現在で38歳ですので、23年の仲ということですね。

 

そんなトンプソンルーク選手の嫁(妻)は学生時代から一番近くでトンプソンルーク選手のことを見てきた人です。

2015年に一度は引退を決意したトンプソンルーク選手。

しかし、2018年のある日、自宅で日本代表VSイタリアの試合を見ていたネリッサさんが「日本代表に戻りたいんでしょ?」と言い、その一言で日本代表に戻ることを決心したといいます。

 

トンプソンルーク選手は、年齢や家族との時間があまりとれないことを理由に一度は引退を決意しました。

でも、妻(嫁)のネリッサさんは、旦那(夫)のトンプソンルーク選手が、まだ選手として頑張りたいという気持ちをしっかりと読み取り、トンプソンルーク選手は、現役のラグビー選手として活躍することができています。

トンプソンルーク選手の奥さん(ネリッサさん)は、本当に素敵な嫁(妻)ですよね!

 

ネリッサさんはその時の気持ちを「彼が日本を愛し、ラグビーを愛しているのはわかっていました。日本代表として、ラグビーをやりたいと心底思っているのが伝わり、彼にチャンスを逃して欲しくなかったのです」と話しています。

また、妻(嫁)のネリッサさんは、旦那(夫)のトンプソンルーク選手の試合は全てチェックしていて、「タックルで倒れたら、もっとすばやく立ち上がって」などとアドバイスすることもあるそうです。

 

ネリッサさんは、旦那(夫)に対して、友人、恋人、父親、ラグビー選手…全ての顔を知っていて愛しているからこそ、トンプソンルーク選手がしたいことをしてほしかったのでしょう。

素敵なご夫婦ですよね!

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トンプソンルークの家族!子供は何人?

 

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トンプソンルーク選手には2人の子供がいます。

1人目が娘の茉矢(まや)ルイーズさん6歳、2人目が息子のヘンリー勇人(ゆうと)さん4歳です。

 

2人とも日本生まれの日本国籍で、日本への愛をこめて日本の名前をいれたそうです。

子供たちは、トンプソンルーク選手のことを毎朝5時に起こしてくれたり、パパとあまり一緒に過ごすことができなくても、子供もトンプソンルーク選手のことが大好きなようです。

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トンプソンルークの嫁(妻)や家族の画像は?

引用:http://www.asahi.com/area/osaka/articles/MTW20160104280690003.html

こちらが、トンプソンルーク選手の嫁(妻)や家族の画像です!

左からトンプソンルーク選手、茉矢ルイーズさん、嫁のネリッサさん、ヘンリー勇人さんです。

 

トンプソンルーク選手もはっきりとした顔立ちですが、嫁のネリッサさんもめちゃくちゃ美人ですよね!

引用:https://www.tv-tokyo.co.jp/sports/articles/2019/07/004914.html

トンプソンルーク選手の家族の画像からも、二重生活であまり一緒に過ごせなくても、とても仲良しなのが伝わってきますね!

笑顔があふれていて、とても良い家庭ですね。

トンプソンルークの泣ける名言とは?

では、トンプソンルーク選手の泣ける名言について見ていきましょう。

 

2007年、2011年、2015年の3回ワールドカップに出場しているトンプソンルーク選手の泣ける名言がこちらです。

「最初のW杯に出たとき、僕はまだニュージーランド人だったけど、桜のジャージを着る人間に、国籍は関係ない。」

 

「日本代表なのに外国人はいてはいけない」という考えの方は多くいますし、冷たい言葉をかけられることもあったようですが、それでも日本が大好きなトンプソンルーク選手はこのような名言を残しました。

「世界の人たちは日本代表のプレーを通じて、日本という国を知るわけだから、桜のジャージを着るというのは、めっちゃ特別なこと」と話していたトンプソンルーク選手。

 

生まれ育ったニュージーランドで活躍することもできたはずですし、まだまだ日本代表に外国人選手が少ない時から帰国という選択をとらず活躍してきたトンプソンルーク選手。

日本人以上に日本という国に対する愛が深いトンプソンルーク選手の泣ける名言に、これ以上に日本を愛している日本人はそこまで多くないだろうと思いますよね!

トンプソンルークが大阪弁なのはなぜ?理由も!

なぜトンプソンルーク選手が大阪弁を話すのかは、所属している「近鉄ライナーズ」が大阪のチームで大阪での生活が長いからが理由のようです。

ちなみに近鉄ライナーズに所属して最初に覚えた大阪弁は「なんでやねん」らしく、若い選手の集中力がかけてきたら使うそうです。

 

トンプソンルーク選手は日本が好きなだけでなく日本人として日本を好きだという気持ちや言語、文化を子供にも伝えていきたいと話しています。

インタビューなどで「すいません、大阪弁で。」と話すトンプソンルーク選手は日本で大阪弁は標準語ではないことも分かっているようですが、長く過ごした大阪が好きなことも理由の1つのようです。

 

最初話しているのを聞いたときは「なぜ大阪弁?」と思う人が多いでしょうが、これもトンプソンルーク選手の愛情表現ですよね!

トンプソンルークのプロフィール

トンプソンルーク選手のプロフィールです。

  • 名前:トンプソンルーク
  • 生年月日:1981年4月16日(38歳)・・・2019年8月時点
  • 出身地:ニュージーランドクライストチャーチ
  • 愛称:トモ
  • ポジション:ロック
  • 身長:194㎝
  • 体重:110㎏

 

13歳からラグビーを始めて、2004年に日本の三洋電機ワイルドナイツに所属、2006年に近鉄ライナーズに移籍。

80年を誇る近鉄ライナーズの初めての外国人キャプテンを務めた経歴もあります。

 

2010年には日本国籍を取得しました。

まとめ

トンプソンルーク選手の嫁(妻)ネリッサさんはとても素敵な人で、家族の支えもあってラグビー選手に戻ってくることができたトンプソンルーク選手。

離れていても長い時間を連れ添った嫁(妻)だからこそ、日本という異国の地についてこれたのだと思います。

 

トンプソンルーク選手は日本愛が強く大阪弁の泣ける名言も残していますが、家族愛も強い人でした。

日本に来てから嫌な思いをしたこともあるでしょうし、酷い言葉をかけられたこともあると思いますがそれでも日本を愛しているからこそ日本代表として戻ってこれたのだと思います。

 

辛い思いをしたからこそ今後も本当の引退まで泣ける大阪弁の名言が聞けそうですよね!

今後の活躍も楽しみです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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アイキャッチ画像引用:https://rugby-rp.com/2015/09/18/worldcup/england2015/13597

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