永守重信(日本電産)の生い立ちや父・母は?経歴や年収・資産が凄すぎる!

日本電産の永守重信会長の生い立ちや父・母といったご両親のことなど気になりますよね!

世界が認める技術の会社日本電産の永守重信会長のルーツがわかるかもしれません。

 

経歴だけでなく、年収や資産からも成功の証をチェックしてみましたよ。

そこで今回は、永守重信(日本電産)の生い立ちや父・母は?経歴や年収・資産についてお伝えします。

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永守重信(日本電産)の生い立ちは?

日本電産の永守重信会長の生い立ちは、貧しい実家だったということからはじまります。

昭和19年生まれの永守重信会長、実家は京都の貧しい農家でしたが、当時の日本は、日本全体が貧しい時代でした。

 

ところが実家は、永守重信会長が小学3年生のときに、同級生にお金持ちの家の子がいて、その子の家に行ったときに驚いたそうです。

家は立派、そしておもちゃはスイス製の列車、良い服を身に着け、おやつはチーズケーキ、夕食はステーキだったとか。

 

お金持ちの家の同級生、お父さんが社長だったそうですが、「こんなに大きな立派な家に住んでいれば、こんなに沢山の美味しいものが毎日食べれる」と当時永守重信会長は、「社長」というものに興味がわいたそうです。

 

日本電産といえば世界NO.1の総合モーターですが、永守重信会長のモーターとの出会いも生い立ちが絡んでいます。

小学校4年生の理科の実験のときに、コイルに電流が流す実験をしました。

クラスで一番早くモーターを回すことができて先生に褒められたことが、永守重信会長がモーターに興味を持ったきっかけです。

 

実家が貧しく、中学を卒業してから働けと家族に言われながらも、成績が良かったため、「奨学金もある」と先生が説得してくれて工業高校に進学。

奨学金で足りない分はアルバイトで稼ぐということで、進学することができたのですが、なんと塾の経営を始めたそうです。

 

塾では当時のサラリーマンの月収を3倍稼いだそうで、この経験が経営者としての基礎だったのかもしれませんね。

 

高校から学費の必要がない、職業訓練大学校(現在の職業能力開発総合大学校)に進学しています。

大学校では、モーター研究の権威から教えを受けたそうで、日本電産の基となっているようです。

 

苦労をされた生い立ちですが、この生い立ちがプラスに働き経営者としての地位を確立したとうことになりますね。

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永守重信の両親(父・母)はどんな人?

永守重信会長のご両親について調べてみました。

 

永守重信会長のご両親まずは、父親からみてみましょう。

永守重信の両親: 父親

父親は、永守重信会長が中学2年生のときに亡くなくなったという情報しか見つけることができませんでした。

父親が亡くなった後に、歳の離れた兄夫婦が永守重信会長を育てたそうです。

 

永守重信の両親: 母親

永守重信会長の母親は、タミさんといって、とにかく働く方だったそうです。

永守重信会長、母親の寝顔を見たことがなく、家族の中で一番早く起きて、そして一番遅く寝て、貧乏で苦労し、そして働き続けた結果、近隣田畑を購入しています。

 

その努力の結果として、地元で有数の大地主になったそうです。

 

日本電産の社訓には、

「情熱・熱意・執念」「知的ハードワーク」「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」

と、示しているそうですが、これは永守重信会長の母親の教えから来ているそうです。

 

永守重信会長が起業するときには、母親が猛反対をしましたが、最後に

会社を起こすなら、人の倍働くか。倍働かないと、成功できんよ。人並みに働いて成功なんて絶対にない

と、言ってくれたと言います。

 

永守重信会長の今ある姿は、母親の存在が大きいということがわかりますね。

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永守重信の経歴とプロフィール

永守重信会長の経歴とプロフィールを調べてみました。

永守重信会長の経歴

大学卒業後、音響機器メーカーのティアックに就職しますが、その後、ティアックの子会社山岡精機の取締役となります。

 

ティアックに入社したときに、自社株を購入しますが、28歳のときに日本電産を創業。

創設時の資金には、ティアック株が基となっているそうです。

 

1980年代に、パソコンなどのIT機器が急速普及をしたことから、日本電産もHDD用のモーターに生産に専念しています。

国内だけでなく、海外からの需要もあり、タイや台湾、中国そしてドイツに拠点を作りました。

 

企業努力もあり、1988年には京都証券取引所に上場されています。

パソコン関連機器の小型化の流れをしっかりつかむために、研究体制は怠らず成長し続ける会社としての地位を確立。

 

1998年には東京証券取引所の一部へ上場を果たしています。

2001年には、ニューヨーク証券取引所に上場。

 

なんとiPodにも日本電産のモーターが使われているそうです。

世界も認める技術ということですね。

 

2014年6月ソフトバンクグループ社外取締役に就任し、同年10月に日本電産代表取締役兼最高経営責任者(CEO)に就任し、さらに12月には永守財団を設立。

2014年11月に発刊された「日経ビジネス」に「社長が選ぶベスト社長」ランキング1位を獲得されています。

 

2017年9月、ソフトバンクグループ社外取締役を退任。

2018年3月には京都学園大学理事長に就任しています。

 

続いて、永守重信会長のプロフィールを調べてみました。

永守重信会長のプロフィール

  • 名前:永守重信(ながもり しげのぶ)
  • 生年月日:1944年8月28日
  • 年齢:75歳(2020年7月現在)
  • 出身地:京都府向日市

6人兄弟の末っ子として誕生した永守重信会長。

 

生まれたときに、手のひらの生命線がまっすぐ伸びていたことから、「大隈重信の生命線がたしかまっすぐ伸びていると聞いたことがある」ということから、「重信」と名付けられたそうです。

 

えっ、生命線から重信と付けたって・・・。

しかも、聞いたいたことがあるというだけで、大隈重信の名前をもらってしまうとは驚きですね!

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永守重信の年収と資産がスゴイ!

永守重信会長の年収と資産を調べてみました。

アメリカの経済紙「フォーブス(Forbes)」が発表した世界の大富豪ランキングで永守重信会長の資産額が出ていました。

 

金額は36億ドル、日本円にして3844億円超となります。(2020年7月21日のレートで換算)

想像がつかない金額ですね!

 

年収に関しては、発表されていませんが、相当収入を得ているのではないでしょうか。

得た収入から、京都学園大学に出資したり、大阪府立医科大学に寄付したりとさまざまな場所に寄付されています。

 

憧れてしまう、お金の使い方ですね。

 

ちなみに、永守重信会長には、息子さんがふたりいるのですが、どちらも日本電産は継がせないそうです。

息子たちに、

お前たちの将来の仕事はお父さんの会社とは関係ないから、自分たちで会社を作って経営者になれ

と言っていたそうです。

 

その言葉通り、長男の永守貴樹さんは、激落ちくんで有名なレック株式会社の社長です。

そして、次男の永守知博さんは、サプリメントやヘルスケア事業をしているエルステッドインターナショナル株式会社の社長です。

 

お子さんどちらも、社長になっているって驚きですよね。

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永守重信(日本電産)の生い立ちや父・母は?経歴や年収・資産!まとめ

日本電産の永守重信会長、生い立ちから社長について興味を持ったのですね。

 

父や母そして多くの兄弟、そして戦後の日本で育ったということで、貧しい暮らしをされたそうですが、母の教えのもと働き続けています。

その結果として、世界が認める会社を作ってきました。

 

現役バリバリで働く永守重信会長は、経歴や年収そして資産と、まだまだ積み上げていっていますが、子供に会社は継がせないなんて驚きですし、子供は別会社の社長になっているのも驚きでした。

そして、積み上げていった資産は、寄付という素敵な使われ方をされていました。

 

以上、永守重信(日本電産)の生い立ちや父・母は?経歴や年収・資産が凄すぎる!をお伝え致しました。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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